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京都を拠点に活動する、大所帯のダンス・コミュニティ。
ブラス楽器を奏でながら、ダンスな旅をしたりします。
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名人芸
 
今日のe-rusubanはドラムとアルトのデュオ。
お互いの在り様が、正に見えて、発見をしたり。
曲が終わった後になんか寂寥感だったり。
また野外でも屋台でもステージを持ちたいな、とイタリアを思ってみたり。

練習後、拓馬氏とお茶していると、入店してきたブラダンの撮影スタッフが声をかけてくれる。
席が花やぐ。

話の中で、「プロ」とは何だろう、ということに及ぶ。
僕は、世間に見た芸術が商業化されすぎているように感じ、
専門技術の多寡や巧拙が評価尺度になるので違和感を持つのだけれど、
今「プロ」と僕たちが呼ぶ人は、一般にその活動で生計を立てている人を指す。
「芸術家」でない人は、「プロ」の生産物productを消費している。

professionalという言葉。その由来は宗教革命における予定説ではなかったか。
前にpro述べられたfess、職業・天職、という考え。
(confessは告白する、懺悔する、だ。共にcon話すfessとも読めるし、ラテン語からの由来は「すっかり打ち明けること」だとネットで調べたら書いてあった。)

つまり、プロフェッショナルという言い回しには、初めから、
「行うべき人」「行わないべき人」という二分法が根付いている。
なるほど資本主義の消費社会の根底思想だ。芸術は今日の様相を迎えるよう、予定されていたのか。
その様相の良し悪しは、判ぜられるものではないだろうけれど。

僕は、今日のプロという言い回し、その理想に、納得してるだろうか。
整体に通う人と話をしているとき、「これぞプロだな、という部分」について話していた。
それは、仕事を投げないとか、きちんと効くとか、そういう類の話で、
「名人芸」とか「職人技」とか呼ばれるものだった。

僕は、プロという言葉を使いながら、それによって表現・伝達しようとしていたものは、
日本的価値観の名人・職人という理想だった。
名人・職人のシステムはヒエラルキーの弊害を受けやすい価値観かもしれないけれど、
何も全ての社会がヒエラルキーを壊せばいいという話ではないはずだ。
(ピラミッドを破壊して平地にしたら、ヴァンダリズムと呼ばれるだろう。)

フランスが国語を守ろうとするのも、一理あるな、と思う。
profess、confessの話に戻るが、fessという部分は、「さらけ出す」というラテン語が語源だそうだ。
僕が目の前にいる人に、自分をさらけ出すことができれば、プロという言葉も生命を新たにするかもしれない。


よしだ
posted by e-danceとは? | 23:02 | e-rusuban | comments(0) | - |
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