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京都を拠点に活動する、大所帯のダンス・コミュニティ。
ブラス楽器を奏でながら、ダンスな旅をしたりします。
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something wonder !
昼間のWS(第7部)は、やや遅れての参加だったのだが、やはりあの、飯田の質問から始まったのであろう事は予想された。
急いで着替えを済ませ、ストレッチをしながら、車座になった20名ほどの参加者を見渡した。
 参加者全体の雰囲気がなじんだところで、この日、この場でのリクエストに応え、「方程式」が提示され、展開されてゆく。先ずは個人個人の身体感覚を確認する事から始まる。他人と自分との繋がり、間(ある雰囲気、予感、生命力、気など、様々に言い表せるかもしれない。飯田はあえてこうしたことに言及せず、ただエネルギーと呼ぶ)を感じあい、お互い働きかけあう事に発展していく。

夜のWS(第8部)は始まりから何か、ある期待感というか、これから味わうであろう充実感を予感させた。
参加者の年齢層は10代から50代まで様々。
海外からもニコラ・カデ(フランスのプロデューサー)、マルタ・イスキエルド(スペインのダンサー)が参加。


みな思い思いの準備運動をしているなか、休んでいた飯田がむっくり起きだしてダンスを始め、「このワークショップでやりたいこと、ありますか?」
と問いかけた。それから、またいくつかの質問。語句は違うが意図は一つ。
答えを見つける意思と行動さえあれば、
答えに至る過程は、無限に用意されていてしかも、ある方向に向かって開かれている。


身体構造や身体感覚、空間との関係からカラダを動かそうというのも間違いではない。
ただそれだけに始終し、見た目の形の美しさ、あるいは格好良さをなぞっていても仕様がない。
自分に向かい、世界に向かって、期待、欲求、衝動などをひっくるめ、「Yes」の方向へ働きかけたい私が居て、あなたが居て、私たちが居て、お互いに影響しあうカラダで感じ合い、動きが生まれる。それを望み、それを自覚し、そこに立ってみて、やっとそこから活かしあいが始まる。このメッセージは常に変わらず、言葉で、言葉の外で、ワークショップ会場の隅々まで、あるいは時間や空間も跳び越し、繰り返し途切れることなく発されている。
 飯田の問いかけに応え、参加者からリクエスト=今夜の材料が提示された。 「楽しく健康になれるダンス」「閉じる・開く」「声を出したい・声を活かしたい」
━「肩こりに効くダンス」は前夜のメニューにありましたので、希望者は個人的にケイタリングする旨、ご了承ください。━

 床に座る。サークルに加わる。足と足を組み合わせる。腎(生命の根本エネルギー、皮膚・神経・排泄機能とひと繋がり)を活性化させて、身体に活を入れる〈湧泉〉の刺激法。そこかしこで、笑顔と悶絶が始まる。やはり見ているよりも、参加して、体感するのが楽しい。思いのたけを込めて足の裏を押す、押される。眉間の皺、歪んだ口元、泣き笑い、やけくそ笑い、微笑。受け容れて、委ねて、まだまだ、もっとっもっと、アホ笑い。合言葉は韓国語の「シオナダ」。カラダは暖かく、手はピリピリとジンワリと心地よい。ココをしっかり押さえることが、火加減に通ずるのだろう。

 準備が整ったところで、材料を切っていくように、一人一人がお互いに、背中、胸の辺りの空間に手刀で喝を入れ合い、要らないものを払いあう。腹の底から声を発して、かなりスッキリする。大声のあとでは、お互いにマッサージと愉気で、喉のケアも忘れない。

それから男女のペアに分かれて、その動きと、働きかけが発展していく。スッキリしておいてから「もとめる」「ゆだねる」行為を発展させていく。会場のあちらからこちらへ、言葉を発しながら、代わりばんこに走り寄って抱きつくのだ。
私はこの男女ペアのワークが一番苦手で、特に男性に走り寄られると、それが誰であろうと逃げ出したくなるし、男性に走りよっていく場合は、いくらかマシではあるが、緊張とためらいを忘れたためしがない。しかし、「これはこういうゲームなんやもん、平気!」と取り組んでるうちに楽しくなってきた。
 それからペア代えをして、なんと今度は女性が男性に走りよって、その胸へ、横っ飛びにピョ〜んと飛び乗る。昨年のe-dance出発公演でのワンシーン、そのパートが始まってすぐ爽快さと切なさを同時に味わった、まさにあのシーンだ。相手はその時の出演者、吉澤拓馬だ。もっとも、あのシーンは内田和成が一人でモテモテ・パラダイスだったのだけれど。まあいい。とにかく急に逃げたくなった。  助走をつけずにその場で飛び乗る。しっくりいかない、もういちど、やりなおし、はげまされ、プレッシャー、もういちど。大丈夫だと解ってはいるのだけれど、任せてと言ってくれているのだけれど、彼が問題なのではないのだ。少しずつ助走を伸ばしながら、何度も、トライする。何度かに一度、彼の肩に手を架けたまま、くず折れる。励まされる。昨年末の個人的な出来事を思い出し、それがゆえに顔を上げ、挑み、またくず折れる。けれど、あきらめて、遠慮して、それで納得したくはなかった。目の前に励まし、受け止めてくれるヒトがいたから、自分を出し切れないことが悔しかったから。三組ずつ成果を見せ合う。最後の最後、飛んだ。爽快だった。ありがとう。
 飯田の目、耳、感覚は、こういった事、「ある流れ」を見逃さないのだ。このワークに参加した人間は皆、何かしらこういった目にあったのだろう。それぞれに何かしら発見したり、確認したり、躓いたり、訴えたり、乗り越えたり、手放したりしたのだ。

 後半は男女のペアにこだわらず、二人一組で一人がリーダーになり「とじる・ひらく」動きを提示し、もう一人はその動きを追いかけるといったワークで始まった。飯田はしばらく観察していた後、数組のペアを統合してグループを作っていく。大小数組のグループがそれぞれ自由に動いている。その全体が、采配ひとつで、見事にダンス作品になってゆく。つなげて、ひっぱって、ルールを一部解除して、付け足して、アンサンブルが、ソロが、ユニゾンが生まれ、ぐるぐると巡る。
 はじめそれぞれの材料は、細切れの、個人個人の抱える課題と、互いの作用によって、要素として繰り返されていた。見出された共通テーマはさらに追求され、主要な動きはさらに発展させ、下茹でされる。それぞれの躓きはいったん別の鍋へ移され、措いておかれ、ソースになるのを待っている。あとは火力の上がるその瞬間を、その要素を見逃さず、それぞれの過程を経た素材を炒め合わせる。一旦そうなると余熱でソースもうまい具合に絡む。
皆、満足気に、爽快に、晴れ晴れとした顔に見える。けれどまだ何かが足りない。私はあとひとつ参加者からの「リクエスト」を思い出せなかった。今日の材料、もうひとつは何だったか?
そこからシェフの最後の采配が始まった。その場で全員横たわり、くっ付きあい、触れ合った。デザートは、癒しの手、心身楽しく、健康に締めくくられた。皆それぞれ、今度こそ充実感を、顔に、カラダの端々に溢れさせ、こうしてココから見てみるとみんな家族のようだね、というシェフの穏やかな声を聞きながら、お互い顔を見合わせた。
このスペシャルディッシュを、もっともっと多くの方々に味わっていただけたら幸いです。未体験の方は、次の機会に、ぜひ!

中野文恵
posted by e-danceとは? | 02:02 | ワークショップ情報 | comments(0) | - |
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